「近江大津宮錦織遺跡」天智天皇が飛鳥から遷都した幻の都、大津宮の遺跡は住宅街のど真ん中⁉︎ 滋賀旅行記その3[スポット・旅行]

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京阪電車に乗って、大津線をめぐる旅。

前の記事はこちら。

 

まず、向かったのが「近江神宮」。

しかし、近江神宮前駅を降りたら、もう一つ歴史スポットがあったのです。

 

それが「近江大津宮錦織遺跡」。

私は日本史専攻じゃなかったんで、ぼんやりとしか覚えがない場所ではあるんですが、こちらも史跡ではあるので、紹介したいと思います。

 

大津宮とは

667年に天智天皇が飛鳥から遷都した宮。

しかし、天智天皇が671年に崩御

翌672年の壬申の乱で近江朝廷軍が敗れ、大友皇子が自害して果てたことで、新京はわずか5年半足らずで廃都になってしまいます。

都は再び飛鳥に戻り、大津宮は幻の宮となっていたのです。

 

時は流れ、その宮の所在は、粟津・南滋賀・滋賀里・錦織など色々な候補地が挙がっていたのですが、宮の中心となる、内裏正殿が発掘されて、国指定の文化財となっています。

 

現在の様子

ということで、その錦織地区にあるのがこの「近江大津宮錦織遺跡」。

ちなみに、錦織は「にしこおり」と読みます。

 

このような看板があるのですが・・・。

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単なる芝生のところに看板があるような不思議な状態(笑)

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立て看板には発掘された時の様子や、代理正殿の全景が記されてはいるのですが、

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杭の後はありつつも、めっちゃ住宅地の中の更地状態(笑)

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唯一史跡スポットらしいのは、天智天皇の碑と

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柿本人麻呂の歌の碑ぐらい・・・

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この碑の説明がこちら。

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柿本人麻呂壬申の乱からしばらく経って、この大津宮を訪れた際、余りの荒廃の様を嘆いて作った歌だそうで。

 

この歌を見ながら、史跡スポットとしてはちょっと寂しい今の光景を感じつつ・・・。

 

この足元には、1300年以上も昔に、たった数年だけど都があって、そこには宮殿も、人々の往来もたくさんあって・・・。

と考えるだけでも、歴史の儚さみたいなものも感じるのでした。

 

駅の周りで、第8地区あたりまで、こんなスポットがあるようですので、全部探してみるのも面白いかもしれないですね。

 

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本日の結論

幻の都の跡は、ひっそりとしたスポット。

もっと有名になってもいいような、このままの状態でいいような・・・(笑)

 

神社散策ついでに、一瞬の夢のような、そんなスポットでした。

こういうのも、大好きなんですよね、私(笑)

 

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長羅ある

長羅ある

モバイルサイトデザイナー&唎酒師。 日本酒好きが嵩じて、2016年2月に唎酒師の資格を取ってしまいました。 美味しい日本酒、グルメ、スイーツ、国内旅行、音楽(T.M.Revolution)を中心に、日常にちょっとでも潤いを与えられたら・・・という思いで書き綴ります。
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