「弁天台場跡 新選組最後の地」 函館の街中にひっそりと残る新選組の軌跡 [2016年11月 函館旅行記 その6]

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函館旅行記。

函館の街中には、新選組に関するスポットがたくさんあります。

突然街中に現れるスポットも。

そんな新選組ゆかりのスポット「弁天台場跡 新選組最後の地」を訪れました。

スポットについて

もともとは函館の警備のため1864年に建設されたのがこの弁天台場。

その後、函館戦争時に、幕府軍がこの弁天台場を占拠。

新政府軍との砲撃戦を行っていましたが、新幕府軍の総攻撃により降伏をしました。

ここを守っていたのは、新選組100余名がふくまれているため、ここが新選組最後の地となっています。

現在の様子

函館市内を走る市電の終点となっている「函館どつく前」。

「函館どつく(函館ドック)」という、造船業を手がける会社の敷地が弁天台場があった場所となります。

この会社の建物に近い自転車が並ぶ場所に標柱があります。

今はここにはこの標柱が残るのみ。

そして、この函館どつくから100mほど。

市電函館どつく前からすぐ側にある公園には、新選組最後の地を記す碑と案内板があります。

こちらは立派な石碑です。

弁天台場についての案内板。

函館戦争のことも書かれています。

ちなみにこの碑は平成22年に建てられたかなり最近のもの。

全国から訪れるたくさんの新選組ファンのために、分かりやすいようにここに建てられたものでしょうか。

ともあれ、新選組ファンは是非訪れたいスポットのひとつですね。

この付近に陣を敷いた新選組は、この坂を見上げたのでしょうか。

坂の向こうに見える夕日は、隊士たちにはどのように見えたのでしょうかね。

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本日のまとめ

函館の街中にひっそりと残る、新選組ゆかりのスポット。

歴史を記す案内板や碑によりその場所を示すのみですが、ファンの人は是非訪れてほしいスポットのひとつです。

スポット詳細

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長羅ある

長羅ある

モバイルサイトデザイナー&唎酒師。 日本酒好きが嵩じて、2016年2月に唎酒師の資格を取ってしまいました。 美味しい日本酒、グルメ、スイーツ、国内旅行、音楽(T.M.Revolution)を中心に、日常にちょっとでも潤いを与えられたら・・・という思いで書き綴ります。
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